国指定史跡 二本松城(霞ヶ城公園)

二本松城

国指定史跡 二本松城とは?

二本松城(にほんまつじょう)は、日本100名城のひとつとされています。

 

別名、霞ヶ城・白旗城と呼ばれており、現在は霞ヶ城公園として整備されています。

 

「霞ヶ城公園」としては、日本さくら名所100選に選定されています。

 

二本松では、江戸時代から菊花の育成が盛んで、毎年秋には菊人形の会場となります。

 

平成19年(2007年)7月26日、二本松城跡として国の史跡に指定されました。

 

二本松城跡は、中世から近世にかけて同じ場所で存続した、東北では珍しい城跡です。

 

畠山満泰が応永21年(1414)にこの地に居を構えたのがはじまりとされています。

 

天正14年(1586)に伊達政宗が畠山氏を滅ぼしてからは、二本松城は伊達の支城となりました。

 

豊臣秀吉の奥州仕置以後、二本松は蒲生・上杉の支城として城代が置かれました。

 

現在の形に築城したのは、寛永20年(1643)に丹羽光重です。

 

白河より10万700石で入封し、築城には10年もの歳月をかけました。

 

これ以後、二本松藩の居城として明治維新に至ります。

 

このように中世から近世にかけて、同じ場所で存続した二本松城は、中世から近世への築城技術の変遷を知ることができる重要な城跡とされています。

 

戊辰戦争により落城しましたが、昭和57年に箕輪門が復元されました。

 

二本松城
二本松城
二本松城

 

二本松城の見どころはたくさんあります。

 

その多くが、文化財として登録されています。

藩士を戒めるために5代藩主・丹羽高寛が命じて、登城する藩士の目につく場所にあった自然石に一晩で彫りました。行政の規範としての価値が高く評価されています。

  • 二本松少年隊群像

戊辰戦争で奮戦した二本松少年隊のブロンズ像。彫刻家で二本松名誉市民の橋本堅太郎氏によるもの。

  • 箕輪門

初代藩主・丹羽光重が最初に建造した櫓門。主柱のカシの巨木は、箕輪村山王寺山の御神木を用いたことから箕輪門と呼ばれています。

  • るり池

初代藩主・丹羽光重のころの造園の姿を今に残す回遊式庭園。

  • 霞が城の傘マツ(二本松市指定)

「八千代の松」とも呼ばれるアカマツの巨木で樹齢350年を越しています。

一本の幹から三方に枝を伸ばしている形状が見事です。

  • 洗心亭(福島県指定)

城内に唯一残る江戸期の建造物。木造茅葺、寄棟平屋造りの茶亭で、かつては「墨絵の御茶屋」と呼ばれていました。

  • 土井晩翠歌碑

旧会津製糸会社の社歌を作詞した晩翠が、昭和24年に花吹雪のなかを散策し、その情景を読んだ歌の碑。

  • 智恵子抄詩碑

高村光太郎直筆の銅板を、”牛石”にはめ込んでいます。

  • 少年隊の丘

ブロンズレリーフ「二本松少年隊奮戦の図」「二本松大壇口弔少年隊戦死墓」などが建っています。

  • 二合田用水

城防備のために安達太良山麓から尾根伝いに18キロもの距離を引水した用水で、当時は幕府に内密であったもの。

  • 本丸跡

天守台は造られましたが、天守閣はできなかったという本丸跡。

  • 搦手門跡

裏門。畠山氏または蒲生氏時代の掘立柱による冠木門の柱穴がは靴調査で発見されています。

  • 日影の井戸

千葉県印西市の「月影の井戸」、神奈川県鎌倉市の「星影の井戸」とともに”日本の三井”といわれています。

石積みで深さ14メートル以上、底から北方に12メートル余りも横掘りされています。

 

二本松城
二本松城

 

丹羽光重は城下の大規模な改修を行い、奥州街道を付け替え、直接城下を通らないようにしました。

 

そして、城の南に東西につながる観音丘陵を城域に取り込み、防御を高めました。

 

城と丘陵で囲まれた地域を武家地とし、丘陵には切通しが開かれます。

 

切通しには門が設けられ、城の外部の警戒線として機能させました。

 

市街地を歩くとよくわかりますが、鎌倉のような構造になっています。

 

現在は、観音丘陵には遊歩道が整備されており、切通しの上を歩くことができます。

 

二本松城

二本松城主・城代

城主 区分 氏名 在職期間
畠山 城主

満泰・(満盛) 

持重・政国

村国・家泰

義氏・義国

義継・義綱

 応永21年(1414)~天正14年(1586)7月
伊達政宗

城主

城主

城代

城代

城代

片倉景綱

伊達成実

石母田影頼

大篠宗綱

柴田宗義

天正14年(1586)7月~同9月

天正14年(1586)9月~天正18年(1590)6月

天正18年(1590)6月

天正18年(1590)8月

蒲生氏郷

城代

城代

城代

蒲生郷成

町野繁仍

町野幸和

天正18年(1590)8月

慶長3年(1598)3月

上杉景勝

城代

城代

秋山定綱

下條定親

慶長3年(1598)3月~

同6年(1601)8月

蒲生秀行

蒲生忠郷

城代

城代

城代

城代

城代

城代

梅原弥左衛門

本山安政

本山安行

外池良重

門屋助右衛門

門屋但馬守

慶長6年(1601)8月

 

 

 

寛永4年(1627)1月

幕府領

在番

在番

酒井右近太夫

大田原晴清

 寛永4年(1627)1月~

同4年(1627)2月

加藤義明

加藤明成 

城主

城主

城主

松下重綱

松下長綱

加藤明利

寛永4年(1627)2月~同4年(1627)10月

寛永4年(1627)10月~同5年(1628)5月

寛永5年(1628)5月~同18年(1641)3月 

 代官支配     寛永18年(1641)3月~同20年(1643)5月 
幕府領  在番  相馬義胤  寛永20年(1643)5月~同20年(1643)8月 
丹羽 城主

1.満重

2.長次

3.長之

4.秀延

5.高寛

6.高庸

7.長貴

8.長祥

9.長富

10.長国

11・長裕

寛永20年(1643)8月

 

 

 

 

 

 

 

 

明治4年(1871)7月

箕輪門

二本松城
二本松城
二本松城
二本松城
二本松城

二本松少年隊

戊辰戦争に出陣した12歳から17歳の少年兵部隊のことを、二本松少年隊と呼びます。

 

ただし、当時は隊名はなく、二本松少年隊と名づけられたのは戊辰戦没者五十回忌に刊行された「二本松戊辰少年隊記」からになります。

 

二本松城
二本松城
二本松城

 

戊辰戦争で奮戦した二本松少年隊のブロンズ像は、彫刻家で二本松名誉市民の橋本堅太郎氏によるものです。

 

二本松城

こんな偉人も

二本松で最初に近代製糸業を始めた人物である、山田脩の像があります。

 

明治10年にアメリカにわたり、生糸を売って大成功をおさめました。

 

このため二本松製糸会社の生糸は世界的に有名になりました。

 

二本松城
二本松城

 

戊辰戦争で落城したときに、丹羽氏が尊崇していた毘沙門天が阿武隈川に流れますが、その毘沙門天は安達ケ原にある観世寺に現在は祀られています。

 


二本松市 国指定史跡 旧二本松藩戒石銘碑

 

旧二本松藩戒石銘碑は、登城する藩士への戒めとして、旧二本松城の入り口に設置した石碑のことです。

1935年(昭和10年)12月24日、国の史跡に指定されました。

 詳しくはこちら⇒


国指定名勝(奥の細道風景地)安達ケ原鬼婆の岩屋と黒塚の観世寺

 

鬼婆の住んだ岩屋と埋葬された黒塚がある、安達ケ原の鬼婆伝説の地が観世寺です。

詳しくはこちら⇒

 


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